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2014.08.01up

岡潔講演録(11)


「自然科学は間違っている」(4)

【9】 形式の世界

 ここで形式の世界について説明して置こう。仏教は心(形式から見た心)を層に分かって説いている。心の層を識と云う。

 心の奥底を第9識と数える。第9識は1面唯1つであって、他面1つ1つ個々別々である。第9識には此の関係だけがあって、他に何もない。時間もなければ、空間もなければ、自分もない。第9識を個々別々と云う角度から見たとき、これを個(あるいは衆生)と云う。この個が生物の中核である。

 また1面唯1つ、1面1つ1つ個々別々と云うのであるから、2つの個の関係は1面1つ、1面2つである。これを不一不二と云う。このように個の世界は数学の使えない世界である。また個の数は無数とは云えない。それで無量と云う。

 以下は各個について述べる。第9識に依存して第8識の下層がある。ここには現在、過去、未来各種の「時」が全てある。しかしそれだけしかない。第8識の下層に依存して第8識の上層がある。ここには空間がある。第9識と第8識とに依存して第7識がある。これが個人の心である。普通人が自分と思っているものである。第7識に依存して第6識がある。これが意識である。

 第9識、第8識、第7識から出る映像が自然であり、自分の肉体であり、第1の心である。第1の心の地金は第6識と第7識と第8識の上層である。第2の心の地金は第8識の下層と第9識である。この第2の心は常に存在している。ところが自然も肉体も第1の心も皆刹那生滅である。

 従ってこのように分けなければ仕方がない。こう分けなければならないと云うところから見て、仏教の唯識と云うのはあまり深くはない。

(※解説9)

 先ずは仏教の「唯識論」の構造を簡単に説明しておきたい。心の浅い部分からいうと、感覚器官である「5感」がある。眼、耳、鼻、舌、身、つまり視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚である。これらをまとめて「前5識」という。

 「5感」は外界のセンサーであるが、内面の心のセンサーが「意識」であって、これを「第6識」という。今、一般の心理学が対象としている心「マインド」はこれである。

 次の「第7識」からは無意識になるのだが、「マナ識」といって自分の肉体を維持するための諸本能が働いている心の層がある。ここまでが個人の肉体に閉じ込められている心の層であって、フロイトの無意識はこれである。

 次にあるのが「第8識」といって、ここからは個人の肉体を出離れて空間全体に遍満している心だと岡はいっているが、生物としての過去の全ての経験を無意識の世界に蓄積している心の層がある。これを「アラヤ識」または意訳して「蔵識」という。在来の唯識論では最下層の心の層である。ユングの集合無意識はこれである。

 ここまでが一般的な唯識論であるが、更に仏教では「第9識」を説く宗派もあって、その典型は光明主義の山崎弁栄上人である。この「第9識」は光明主義では「全一の点」といって、仏教でいう宇宙の中心、いわゆる「如来」のいるところである。自然科学が成立するためには、本当はこの「第9識」という宇宙の法則(知)の中心が是非要るのであるが、現代の科学者達はそれに目をふさいでいるのである。これが「唯識論」の概略である。

(※解説10)

 ここは「形式の世界」というよりも 「仏教の世界観」といい直したいところであるが、心を「層」にわけて説明する唯識論は岡も大変気に入っていて、この「2つの心」を提唱する1969年より大分前から岡の関心は高いようである。

 この唯識論は岡の専門の数学にも共通する考え方のようで、岡はそれまでに自らの数学的世界を「層の理論」で説明してきていたのであるが、その手法を正に晩年「心の世界」にも適用しつつ、その世界を解明していったことになるのである。

 従って、私は数学のことは全くわからないのだが、岡の「数学」の世界と「心の構造」の世界とは何か「相似」になっているのではないかと兼々想像しているのである。

 また、この岡の採用した心を層にわける方法以外には、「心の世界」を理学的に解明していく方法はちょっとないような気がする。

 今まで人々は「心の世界」を言葉にたよって何とか表現しようとしてきたのだろうが、それでは「心」というものを理学的に把握することは仲々出来なかったのである。

 だから岡はその突破口として唯識論を採用したのであって、ここにおいて「数学者」と東洋の「先覚者」と「唯識論」との3者が見事に融合した訳である。しかし、最後のところで「仏教の唯識というのはあまり深くはない」と岡はいっていて、長年心に温めてきた唯識論の殻をここで岡はついに破りはじめているのである。

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