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 2012.11.08 up

岡潔講演録(3)


「一滴の涙」 岡潔著

【5】 目覚めた人

第2の心を自分と自覚した人を目覚めた人と云い、そうでない人をねむっている人と云うとよいと思います。目覚めた人のことを仏教では仏、大菩薩と云い、日本では天つ神と云います。中国で聖人と云われている人には目覚めている人が多い様です。又仙人とか神仙とか云われてる人達の中にも、目覚めてる人はいると思います。

ギリシャには目覚めてる人は見当たらない。欧米には、キリスト教の中で目覚めた人はいただろうと思いますが、外には目覚めている人は見当らない。

(※ 解説7)

第2の心の世界の基準というものがどれほど高いかは、ここを読んで頂くとよくわかると思う。これでいくと東洋や日本でも、目覚めている人は極く少数ということになる。しかし、岡の境地と心の世界の発見が進むにつれて、東洋と日本の心の構造の違いが鮮明になってくると、後にはこの見方も次第に変わってきて、日本では天つ神だけではなく多くの日本人は無自覚的にだけれど目覚めている、ということになってくる。これは昨年(2011)の東日本大震災以後の世界情勢を見てもらえば、大体うなずけるのではないだろうか。

しかし、ここではそれよりも東洋と西洋の関係に、目を止めて頂きたい。西洋では第2の心に目覚めている人は、先ずいないと岡はいっているのである。先程のカントが良い例で、自己本位の「邪性」を越えた人は随分いるかも知れないが、時間空間という「妄性」を越えている人はいないというのである。物質主義が強いのである。

ただ岡は、第2の心の人はキリスト教の中には少数だがいただろうといっているが、そういわれるとやはり私にはイエス・キリスト自身と聖フランシスが頭に浮かぶ。鳥たちや野の草花と語り合ったというのは、岡のいう純粋な日本人そのものではないか。

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