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2016.2.2up

岡潔講演録(17)


「1969年の質疑応答」

【16】 戦国の三英雄

(質問) で、その信長はですね、非常に謀略もうまいし、決断に満ちているし、それから画策が非常にうまいですね。ああいう信長の行為というものはどういうことになるんでしょうか。

(岡) いやあ、大局から見て間違いないし、間違ってる人の間違い癖をよく知ってるから、それであんなことできるんですね。信長は徹頭徹尾、あれでよろしい。徹頭徹尾あれで良いといえるのは信長だけですよ。秀吉は終り10年目茶だし、家康に至っては徹頭徹尾、目茶なんです。利己主義。

 利己主義者を呼んで来たんです、神々は。そして自ずから腐敗して、芽生えるものが芽生えるのを待った。つまり元禄の頃の伊勢内宮に対する思慕の情が芽生えて、明治維新となるのを待った。その為には利己主義者に-あれ、初めから利己主義。あれを英雄といえるかどうか、いえるんでしょうけど。利己主義者に使命を課したんです。だから家康、負けるとは思わん。負けると決して思わなんだっていう以外に英雄的なものは何もない。

(※解説16)

 皆さんはどうお感じになるかわからないが、これが岡の戦国の三英雄の評価である。その3人の英雄の評価は、信長、秀吉、家康と3段階にわかれるのである。しかし、「徹頭徹尾、あれでよろしい」といわれる信長でさえ、岡の境地が高まると共にその評価は次第に低くなってくるのである。

 ところで岡は若かりし頃の石原慎太郎と何度か対面したことがある。その時岡は石原に「現代の信長になれ」と叱咤激励しているのである。信長のごとく新しい時代を切り開くため、この不毛の時代をぶち壊せというのである。石原もその意義がよくわかっていたらしく、ご存知のようにその後の政治活動に力が入ったのではないだろうか。

 ただ、石原さんは岡の思想は仏教一辺倒だと思い込んでいる節があるが、誠に失礼ながら私にいわせれば岡はどこまでも真に「独創」を追求する人で、なにか1つの思想にいつまでもしがみついているような人物ではないのである。

 石原さんは岡の最晩年の超絶した思想が残されているなどとは思いもよらないのであって、それを知らなければこれからの時代を真にリードしていくことなどできる訳がないのである。

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