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2015.11.18up

岡潔講演録(17)


「1969年の質疑応答」

【5】 (れい)(がく)

(岡) 根本から変えなきゃ駄目です。先程からいってます通り、頭頂葉を発育ささなきゃ。頭頂葉を発育さすにはどうするか。中国は老大国です。さすがによくやってる。「礼楽(れいがく)」という。礼と楽とを栄養素にして、頭頂葉を発育させればよいのです。礼と楽です。楽とは情をよろこばしめるもの、礼とは知と意を整えるもの。就中、尊崇性が一番大事です。

 その2つがあれば頭頂葉はよく発育する。よく発育すれば、使おうとさえ思えば、ここ頭頂葉に発光して前頭葉を裏から照らす。それが原理です。「礼楽」を教えなきゃいかん。日本にそれに相当する言葉ないんです。やっぱり中国は老大国。情をよろこばしめることが非常に大事だってことを知らない。それから尊崇性がなにより大事だってことを知らない。

(※解説5)

 この時期は中国の思想家である胡蘭成との対話が盛んな時であるから、岡は中国の古典文化をしきりに吸収し、中国を「さすがに老大国」だと評価している。

 「礼楽」とは孔子から来ているのだろうが、孔子は「一揖(いちゆう)」といって筒袖を合わして礼をすることと、中国古代の五絃琴を奏でることを好んだということである。

 胡蘭成は岡にその孔子の作曲したとする「幽蘭(ゆうらん)の曲」を紹介したのだが、岡はこれこそが「頭頂葉」の音楽だと激賞するのである。それまで岡は西洋の古典音楽を相当聞きこなし評価してきたのだが、これを境にすっかり評価眼が変わり、西洋音楽を「阿鼻叫喚(あびきょうかん)」だとまでいいだすのである。

 それはともかく「楽とは情を喜ばしめるもの、礼とは知と意を整えるもの」とは誠に的確な指摘ではないだろうか。「礼楽」という本来は文学的な言葉を、「知情意」という心の3要素から説明する誠に科学的な手法である。

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