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2015.08.13up

岡潔講演録(16)


嬰児(えいじ)に学ぶ」

【7】 天皇無所有の思想

 共産主義の歴史家は天皇は搾取階級だと、そういってます。ところが天皇家に伝わる家憲(かけん)は、天皇は一物をも所有してはならない、これが家憲です。それで例えば、万葉集の舒明(じょめい)天皇の御集(ぎょしゅう)を見ますに、

 夕されば小倉の山に鳴く鹿は
   今宵は鳴かず寝宿(いね)にけらしも

仁心(じんしん)は、といったらお情け深いこと、鹿にまで及ぶ。また明治天皇のお歌は、

 目に見えぬ神に向いて恥ぢざるは
   人の心のまことなりけり

 ところが明治天皇は目覚めてられた、確かに目覚めてられたに違いないと思う。そうすると無量の神々がいることを、その神々は自分の心の底まで絶えず見通していることを、これを知ってられたんです。本当にそれがわかるんだから、明治天皇は寝ても覚めてもそう思ってるより仕方がない。だから明治天皇は寝ても覚めても、

 目に見えぬ神に向いて恥ぢざるは
   人の心のまことなりけり

 だった訳です。この2つのお歌で暗示してるものは天皇家に伝わる家憲、天皇無所有の思想です。天皇は神々の国土人民を預かって、責任を持たされているだけだと思うんです。

 猶、「宮中秘聞録」という本。さきの、多分、侍従次長をしてられた木下道雄さんがそういう本を書いて、今上(きんじょう)天皇のことを書いてられます。お読みになると更によくわかるでしょう。ともかく明治天皇や今上陛下を搾取階級と思う人はあるまいと思う。

 それを共産主義の歴史家は搾取階級だといってる。この一例でもわかりますように、共産主義というのは知性の範囲における存在ではありません。では何かというと、狂信者の集団です。「左手にコーラン、右手に剣」というやり方です。誠に迷惑な話です。

(※解説7)

 日本の天皇制に反対する立場の人は、同じ君主制でも西洋と日本とでは岡がいうように、「心の構造」が違っているため外見は似ているものの、その中身が違っていることに全く気づいていないのである。ここも他の分野と同じく、岡の「心の構造図」を採用しないと説明できないところである。

 西洋は第1の心の「意志と力」の思想であるから、当然のことながら上に立つ者(君主)は支配者であり絶対権力者となるのである。だから、表面をいくら意識的につくろっても、西洋の中世によくあった「泣く子も黙る専制君主」の色あいがどうしても強くなるのである。

 一方、日本は大概の人は自覚してはいないが第2の心の「情の世界」であるから、上に立つ者は「無私の情」の特徴として、民の喜びを喜び民の悲しみを悲しみとするのが本来の姿である。これが日本の天皇の真の姿であって、左翼系の人々が思い込んでいるような、西洋流の「搾取階級」とは全く違っているのである。

 彼等はそこを一方的に混同し誤解しているものだから、日本の天皇を口ではもっともらしいことをいいながら、裏では何をしているのかわからない「偽善者」のごとく思ってしまうのではないだろうか。また、そういう目で見るから、先の太平洋戦争も一人天皇が引きおこし、若者を戦場に送った張本人であるとしか思えないのである。

 しかし、果たしてそうであろうか。ではなぜ我々日本人は、天皇が日本各地を慰問されるお姿を見ると涙がこぼれるのか。西洋ではこんな光景はまずみられないのではなかろうか。

 それは天皇の後ろ姿や言動に、自らのことよりも国民のことを真摯に想うお気持ちが、にじみ出ているからではないだろうか。天皇は日本の伝統として、歴代そういう使命を荷われているのであって、平成の今上天皇は勿論、昭和天皇もその道をはずされたことは一度としてないのである。

 しかし、それを今日まで誤解しつづけてきたのは国民の方である。日本と西洋とでは「心の構造」が違っているということを前提として、今一度日本の天皇制を考え直してみてほしいものである。今のままでは「恩を仇で返す」ことを我々は末代までつづけることになる。

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